チンボロボ攻城戦の思い出

不定期連載・第一部最終話
無人島に二人きりのカートとベンケーシーは、なんとか国に帰るというか、せめて文明圏に移動するための手段について、不毛な議論を戦わせていた。
カート「それでお前あれだ。俺達が戻るための方法を考えるにおいて、まず俺達がそれぞれ何ができるか改めて考え直してみるべきだ」
魔術師「そうだな」
カート「まず俺にできることといえば力仕事だ。ガレー船を漕ぐとか、丸太をかついで走り回るとか」
魔術師「そうか」
カート「それでお前は魔法を使える。お前の魔法と俺の筋力があれば、なんとか国に帰ることは可能な気がするんだが。そうは思わないか?」
魔術師「まあそうかもな」
カート「よし。それでお前、お前が今ここにあるものでできる魔法といったら何だ?」
魔術師「いけにえや材料なしでできる魔法ってことか?おれにできる魔法といったら、まず念力」
カート「それだ。その念力で俺達を陸地まで運ぶってのはどうだ」
魔術師「お前他人事だと思ってムチャ言ってんじゃねえよ。念力の魔法は多大なる精神の集中と体力の消耗を必要とするのだ。ここから俺とお前を俺が空中に浮かべて運んだとしたら、多分三メートルも進まないうちに体力がつきて落ちるだろう。そしてサメのエサだ」
カート「じゃああれだ、俺は体力がありあまっているから、俺の体力を代わりに使うってのはどうだ?」
魔術師「お前魔法の勉強でもしたことあるのか?」
カート「いやないが」
魔術師「確かにそういう手法も存在する。だがその場合は、契約の儀式を通じてお前の体力を俺の魔法に使うという、別の魔法が必要だ」
カート「それはできないのか?」
魔術師「できなくはないが。わかりやすく言うとお前が俺の魔法のいけにえになるということだが、いいのか?」
カート「とりあえず死なないで帰れるんならそれでも別にかまわない」
魔術師「そうか。その気持ちはありがたいが、いずれにしても無理だ。人間の体力など表面上は差があっても、根本的にはそう差があるものではない。俺の体力で三メートルだとすると、お前の体力でもせいぜい十メートルだろう。海に落ちることには変わりはない。しかも島から余計に離れて落ちるぶん始末が悪いともいえる」
カート「そうか無理か。他になんか使える魔法ねえのか?」
魔術師「あとはミサイルの魔法」
カート「それだ。お前がミサイルを出して、俺達はそれに乗ってどこか陸地まで飛んでく」
魔術師「物を知らない男だなお前は。魔法でミサイルといったら、魔法エネルギーを飛ばして敵を攻撃する魔法のことだ。エネルギー体のミサイルなので人間が乗れるものではない。だいいち、飛距離は30メートルかそこらだ」
カート「そうか。じゃ他には?」
魔術師「細かいものを除いたら分身の魔法とか、毛虫殺しの魔法とか」
カート「使えそうなものは何もないな」
魔術師「あったら俺は今ここにはいない。あと大爆発の魔法」
カート「大爆発?」
魔術師「おれがいけにえや材料なしでできる最大の魔法だ。まあそれを使ったらこの島は跡形もなく吹っ飛ぶな」
カート「なんだそれは。それこそ使いようがねえじゃねえか」
魔術師「いい加減なにもかも嫌になったらそれを使って島ごと消えてなくなる」
カート「冗談じゃねえよ。やる時はお前一人でやれよ。こちとら地獄の奴隷生活から九死に一生を得て生き延びてきたんだ。そう簡単に死んでたまるか。国に帰ったらやりてえこといっぱいあんだよ。一旗あげてやるよ」
結局一旗あげてないのは皆様の知る通りである。
魔術師「まあ冗談だよ。その気だったらとっくにやってるよ。おれはどっちかっつったら死ぬまでこの島で魚でも釣りながらのんびり生きる道を選んでたんだよ。ビタミンが欠乏して死んだりする日まで」
カート「そうか。魔法がダメとなると正攻法しかないか」
魔術師「正攻法とは何だ?」
カート「この島に一本だけ生えてる木を切り倒して、いかだを作って海に出る」
魔術師「この木を切るのか?それは勘弁してほしいなあ。この木の実は前にも言ったと思うが、大変貴重な魔法の材料になるんだ」
カート「生きて帰れなければ同じだろ。だいたいお前もう十分この木の実は集めたんだろ?」
魔術師「魔法探究の道に十分などない・・・」
カート「そうか。それはそうかもしれないが、それも生きて帰ってこそだろ。今はとりあえず生きて帰ることだけを考えるべきだ」
魔術師「そうだな。俺も実はお前がここに来る前に、この木を切っていかだを作ろうかなあとは思ってたんだが、体力がないので断念した」
カート「じゃあとっとと切ろうぜ」
魔術師「問題はどうやって切るかだ」
カート「そんなものは問題ではない!フンッ!」
カート、木の幹に向かって魂のこもったラリアートをくり出す。バキッと音がする。
カート「グギャアアアーッ!」
魔術師「お前バカか?調子に乗ってんじゃねえぞ。いくら体力があるからといって。この木の太さを見ろよ。殴っただけでそう簡単に折れるもんだと思ったのか?漫画じゃねえんだぞ」
カート「腕が!俺の黄金の腕が折れた!」
魔術師「何が黄金の腕だよ。見せてみろよ。ああ折れちゃいねえよ。早急に手当しないと腕が一生使い物にならなくなる恐れはあるがな」
カート「そ、そんな!それは困る!」
魔術師「適当なこと言ってみただけだよ。俺は医者じゃねえしな。多分大丈夫だよ。だから切れないって言ったろ?この木は別名を鋼鉄地獄の木と言って、熟練した木こりがちゃんとした道具を使ってもこれを切断するのには数カ月かかるという世にも恐ろしい木なんだ」
カート「それを早く言え!」
魔術師「言おうとしたらお前が木を殴っちまったんだろ。切るのが無理なら引っこ抜くしかないんだが、それをどうやっていかだに加工するかが次の問題になる」
カート「それを早く言えって」
魔術師「だから言おうとしてたんだって。正攻法とやらも無理だな。あと残された手段といえば、ここでどっかの船が通りかかるのを待つしかないな。ビタミン欠乏症で死ぬ前に」
カート「そうか。この現実を突き付けられては俺も納得するしかないな。黄金の腕も破壊されたし」
魔術師「納得したか。じゃあ魚でも釣るか」
カート「待て、なんだあれは?」
カートが指し示した方向、水平線の彼方に、船影らしきものが見える。
魔術師「俺は目が悪いんだよ。魔法一筋に生きてきた代償だ。なんか見えるか?ああなんか見えるな。ニューネッシーじゃないのか?」
カート「何がニューネッシーだ。ありゃ船だよ。おい助かるぞ!何とかしてこっちに気付かせるんだ!」
魔術師「どうしよう?」
カート「魔法を使ってなんとかしろよ。俺には声を出すくらいしかできん!もっと近くまで来ないとその声も届かない」
魔術師「どうすればいい?」
カート「行動力がないな貴様は!」
魔術師「まあ魔法使いってそういうもんだから。魔法が使えなきゃ単なる能無しだし」
カート「そうだなあ何だっけ?あのミサイルの魔法、そいつを船の方に発射して気付かせることはできないか?」
魔術師「遠すぎるな・・・」
カート「じゃああれだ、大爆発の魔法で爆発を起こして、船の注意をこっちに向けさせることはできないか?」
魔術師「それはできるかもしれないが、それをやったら俺達は死ぬぜ。ああ待て。できるかもしれん。大爆発の威力を最小に調整して、それでもこの島くらいは軽く消し飛ぶが、爆発の魔法をミサイルに乗せて空中に向けて発射して、爆発時間を調整して空中で爆発するようにすれば、照明弾代わりになってうまくいくかもしれん。大爆発の魔法もミサイルも同じエネルギー体同士だからうまくいくはずだ。30年前のフニャマロ戦争でのチンボロボ攻城戦において、同じような手法が用いられていたはずだ」
カート「お前すげえな。出会って初めてお前がすげえと思ったぜ。やってくれよ。早くやれ!」
魔術師「そうせかすな・・・まずは大爆発の魔法をとなえて、爆発のエネルギー体を生成するところから始まる・・・」
カート「いや待て。あの船こっちに向かってきてないか?」
魔術師「もう唱えちまったよ・・・」
カート「いやおい、確かにこっちに向かって来てるぞ!オーイ!助けてくれーッ!お前も叫べ!オーイ!」
魔術師「ほんとだ。こっちに来てるな。オーイ!」
近付いてくるにつれ、船は予想外に小さかったことが判明した。小さかったので、実際より遠くに見えたのだ。船は数人乗りのボートで、船をものすごい勢いで漕いでいるのはかつてのカートの奴隷仲間、奴隷Aと将軍の部下Aだった。そして船の舳先に立って望遠鏡を片手に何か叫んでいるのは、ガレー船の将軍だった!
将軍「助けに来たぞーッ!」
カート「おお!あれは将軍とあの地獄の戦いを共に切り抜けた、というかホモの魔手から逃れるために共に戦ったかつての仲間達じゃねえか!自堕落な人生を送って何か大事なことをどこかに置き忘れてきた俺でさえ、熱いものが胸の奥にこみあげてくるぜ!」
将軍の船、島に接岸する。
将軍「無事だったか!勇敢な奴隷君!」
カート「あんたらもな。ところで俺にはカートという名前がある」
将軍「そうか。我々はあれから、あの奴隷監督(ホモ)のボートに乗り込んで、奪い取ることに成功した。人間離れしたホモとはいえ、屈強な戦闘のプロ三人に囲まれたら、さすがに勝ち目はないと見たかすぐ降参して海に飛び込んで逃げたよ。残念なのはホモに捕まった部下を結局助けだせなかったことだ。奴はロープで部下を自分の背中にくくりつけて連れ去っていった」
カート「まあ殺されることはないと思うが、彼は今後それ以前の人生には二度と戻れないだろうな。それが彼にとっていいことか悪いことかは彼次第だな」
将軍「そうだな。ところでそっちの彼は?」
カート「ああ、これは魔術師らしい。ここで知り合った」
将軍「そうか。それから波間に消えた君を探していたんだ。ところで私と部下は今回の事件を切っ掛けに、帝国を抜けることにした」
カート「ああ、それはいいことだと思うぜ。あんたらとは付き合いは短いが、帝国の一兵卒で収まる人間じゃねえって気はしてた。それでこれからどうするんだ?」
将軍「王国に渡って一旗あげようと思う。部下とその奴隷君と一緒にだ。君達はどうするんだ?」
カート「帰ってから考えようと思う」
将軍「そうか。じゃあ話はとりあえず船に乗って、航海中にでも。そっちの君はどうするんだ?」
魔術師「ああ俺か?行くよ。行くとも。それはいいんだが、これどうしようか?」
カート「これって何だよ?」
魔術師「爆発の魔法だよ」
魔術師の手に光る玉のようなものが。
カート「ワーッ!!捨てろ!早く!」
将軍「何だそれは?」
魔術師「これは俺達の命そのものだよ。これが消える時、俺達の命も消し飛ぶのさ・・・」
将軍「そうか。ならそれを大事にせんといかんなあ」
カート「そういう意味じゃねえ!」
奴隷A「おい何やってんだ?早く行こうぜ」
カート「そうだ早く出発しろ!それは置いていけ!」
将軍「それは我々の命そのものじゃないのか?置いていっていいのか?」
カート「あんたは重大な勘違いを犯しているがそれについて説明する時間はない!早く!」
魔術師「いやもう遅いよ」
カッという効果音と共にあたりは閃光に包まれる。
場面変わって、夜の海の真ん中。一本の木につかまって、カート・魔術師・将軍その他の全五人が漂流している。
将軍「勇敢な奴隷君。二度までも君に命を助けられたなあ・・・」
カート「だから俺にはカートという名前が。いいけどな別に」
魔術師「俺なんか完全にあきらめてたんだが。あの時カートが機転を効かせて、『鋼鉄地獄の木』の裏側に爆発の魔法をねじこまなければ、俺達は消滅していた。鋼鉄地獄の木が爆発の衝撃をくいとめて、我々は命だけは助かることができたのだ」
カート「木と俺達以外は吹っ飛んじまったがな。ボートもバラバラだ」
奴隷A「俺達はいまだに何があったのかさっぱりわからねえんだがなあ」
部下A「おれなんか右手が吹き飛んでしまった。もともと義手だったんだが」
カート「そのうち説明してやる。今は疲れて話す気力がねえ・・・」
夜の海を行く五人。その後カートが再びかつての仲間たちに出会い、現在に至るまでにはさらにものすごく色々なことがあるが、それはまた別の話となる。
余談だがカート達の50メートル先をベンガリアンともやしが流れていたのだが、夜なので暗いから気付かなかった。
第一部・完 続きは近日再開